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2020.01.17 中毒性
「芸人の中で誰が1番好き?」と聞かれることがたまにある。私はお笑いが好きだけど、劇場に熱心に通ったり、若手に詳しいわけでもないから、答えに困る。だけど、寝付きの悪い時に聞くラジオはもっぱら「オードリーのオールナイトニッポン」だからオードリーが好きなんだと思う。近年の漫才も好き。

SMブログでなんで唐突にそんな話をしているかというと、若林さんのエッセイ「社会人大学 人見知り学部 卒業見込み」を読んで、共感するところがあったから。(最新刊を読んで昔のエッセイも読みたくなった。)
私が人生で好きなことは、SMと音楽とお酒とお笑い。共通項がある。
若林さんのエッセイで、芸人が口を揃えて「大勢の人間の笑い声には中毒性がある。」というところでは、先日の音楽ライブのステージを思い出して、その中毒性を思い出していたのだけど続けてこんな文章があった。

"このあいだ、精神科医の人と話をしていてお笑い芸人を目指す人の特性について聞いた。即答で「人間不信でしょうね」と言われた。
笑うという反応は人間の中でも嘘のつきにくい反応なのだそうだ。"
"(前略)漫才をやっている時にお客さんの笑い声を聞いて圧倒的だなと驚いた。
それは、反応への実感性と信用度だ。"

同じようなことを考えて言葉にしている人がいるんだなと、高揚した。「反応への実感性と信用度」という言場には、言語化してくれた!と、感銘も受けた。
私は、SMの好きなところの、重要な一つとして「嘘のない反応」があると言ってきた。私は人間不信ではないけれど、学生の頃から誰とでも共通して話せる話題が好きではなくて、大きいグループでの付き合いは避けていた。協調性によって本心が聞けないだろうと、信用していなかった。

では、なんで嘘のない反応や、本心が欲しいのだろう、と考えると、そこには「知りたい」とか「繋がりたい」という気持ちが出てくる。SMの場合はそこに「支配したい」がでてくるのだけども、大きく括ると「支配したい」は「繋がりたい」に括られると思う。
ステージ上もSMプレイ中も、現世ではないような異世界にいるような感覚に陥る。私たちは普段、様々な人間関係の中で役割、立ち位置がある。どれの自分も嘘ではない。ただ、異世界と感じる場所にいる瞬間はそれが消えて、いまそこにいる人間しか存在しないような感覚になるんだ。そうして、そこにいる人と「繋がっている」と感じる。

そんな時間にはやっぱり中毒性がある。
SMプレイなんて、その上、性的快感もあるわけで、やめられるわけないよね。

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2020.01.02 謹賀新年
明けましておめでとうございます。
昨年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。

毎回お参りの際に願うことは同じです。「健康と平和」。ものすごくベタで綺麗事ですが、それが一番大事だからです。嘘っぽいかな?
皆さんと、皆さんが、健康で平和な世界で、楽しい一年が過ごせますように。

初詣は奈良の春日大社に参りました。東大寺で、引いたおみくじは大吉でした。ヒョウが虎に変わるように躍進するんですって。でも大吉は、今がピークという意味もあるので、下がらないように勉強していきたいと思っています。

年末は、城崎で蟹をいただいてからフィリピンに飛んで、今大阪にいます。毎日違うところに宿泊した日々だったのですが、思ったよりも疲れはありません。
移動の時間も長かったので、本もたくさん読めましたし、考える時間もたくさんありました。今年にやろうと考えていたことが、纏まってきました。

SMは私が物心ついた頃から毎日、思ってきたことです。プロのドミナになってから、そのことが褒められるようになって、驚いたものでした。自分の性癖ですから。オナニーをしていたら褒められた、ようなものです。
毎日考えているので、それはもう私のアイデンティティーのようなもので、これからもこの習慣は消えることはないのだと思います。
だけど、SMに対するモチベーションの方向性が少しずつ変わってきて、今自分は次のフェーズにいるんだろうなということを去年の後半からは強く感じていました。
どんな風なフェーズなのか、という部分はプレイをしてる中や、文章の中で感じる人がいれば感じてもらえたら良いと思いますし、表出してるものはあまり変わらないかもしれないので、特に変化を感じなくても良いと思っています。
根本的なものは変わらず、続いていきます。

去年のご挨拶でも書きましたが、私は私の大好きなSMという場で、大好きなM男、大好きな人たちと、深くかかわって、瞬間や時間を共有できることを幸せに思っています。
今年からもまた、そんな日々が送れるますように、また今年も進んで行きたいと思います。

今年もよろしくお願いします。

(フィリピンにて)

2020年はどんな楽しい時間が過ごせるかな?

(photo by Ichika Hiiragi)

今年もあと少しで終わろうとしています。

毎年この時期になると、ブログで1年の振り返りをしています。今年は特別な1年でした。
去年の12月末にマルタ、ロンドンの留学から帰って来て、久しぶりのSMに没頭し、3月頃からは6月に控えた10周年パーティーの準備に取り掛かって日々を過ごし、終わってからもイベントの日々が続いて、12月も後半になってひと段落しました。
これを書いている今頃、やっと一息ついているような感覚がします。

今年は、なんといっても10周年にまつわって、様々なケミストリーが生まれました。
それは想定外の大きさと範囲で起きました。驚いたり、喜んだり、怒ったり、幸せを感じたり、寂しんだり、深く感謝を感じたり、嬉しかったり…しました。
厳密に言うと、今もまだ気持ちが纏まりきっているわけではありません。自分自身のパワーや感情が大きく、周りとのそれも大きかったので、まだ着地しきれていない感じがします。
取り組んでいる最中は夢中で、よくわかっていませんでした。

だけど、今、確かなのは、自分の大好きなSMという世界で、マゾとも女王様ともそれ以外のこの業界に関わる様々な方たちと、色んな線を紡いでこられたことを実感して、感謝していることです。関係がなければ、どんなケミストリーも起きないから。

海外から帰ってきて、新しく出会えたマゾたちもいます。
来年の3月には女王生活を始めてから丸11年、12年目に突入することになります。今、一息ついて思うのは、シンプルにマゾたちとの時間を、一人一人と大事にしていきたいということです。やっぱり、私の感情を一番強く突き動かすのはマゾです。

今回の記事は、たくさん書こうと思っていたのですが、これから、言葉でないもので伝えていきたい、その過程で言葉にしていきたい、と書き始めたら思い、想定よりも短くなりました。

節目を終えて、2019年も終わろうとしている今、今出会っている付き合いの長いマゾとも、近ごろ出会ったマゾとも、また来年から、時間を紡いで、重ねていきたいと思っています。
まだ会っていないマゾたち。これからどんな子と会えるだろう。
新しくマゾと会った時私はふと、この子と私はどう関係が転がっていくんだろう、どんなドラマが待っているんだろう、と思うことがあります。

今年も私の前で色んな顔を、隠さずに見せてくれてありがとう。
今年もたくさん、それに心を動かされました。

来年もよろしくね。


(こちらは真珠さん、トーカさんとランチをした時の写真。)

先日12/3(火)はミーティングの為、ラシオラはお休みをいただきました。ありがとうございました。
シフトが被っているドミナとはお話する機会があっても、違うドミナとはなかなかお話できません。ミーティング後の立食式ディナー、二次会、三次会とドミナ皆さんと交流することができました。

以前のブログにも書きましたが、同じSMクラブに入ったドミナにはSMってやっぱり楽しい、SMでしか味わえないことがある、と体験して欲しいなと願っています。自分の好きなこと、場所だから。
私も後輩などのお話を聞いていて、たくさん刺激をもらいました。
マゾにはたくさん会ってきたけど…未だに驚かされることがあるし、未だに感情が揺さぶられます。
初めて待ち合わ場所に向かった時の緊張と高揚を忘れずにいたいです。

比較的新しいドミナでは、シフトの関係で火乃華さんとお話することが多いです。初めの頃の見学も重なりました。
最近は、最初の頃のクールな印象にプラスして、柔らかな表情や言葉を感じます。きっと、良いマゾと良い時間を過ごしているからなんでしょうね。
これからの火乃華さんがどのようにSMと触れていくのかが楽しみです。

マゾの皆が、ドミナの変化や成長に魅了されるように、私も新しく会ったドミナの変化にハッとさせられることが少なくありません。
今は、それを側で見続けられるチャンス。私も今頃に会ったマゾに「SMを始めた頃のルイ子様に会ってみたかった」と言われることがあります。やっぱりその時にしか共有できないことがあると思います。

だけど、今会ったマゾたちも、今の私だからこそマッチしていることもある。あっという間に壊してしまっていたかも…?という場合もあります。

兎に角、今を、それぞれで重ねていきたいね。

さて今年も残り少し。SM納めが続きます。


靴底を舐めさせる時に両手を使わないで舐めさせるのが好きです。
座っている自然な足の位置のまま命令すると、這いつくばらないと舐められない。
足をどこかに乗せた状態で舐めさせるのもいい。
床に近い位置で必死に舐めている顔を、そのまま踏みつけるのも簡単です。

何度も見ているはずなのに、床に頭を擦りつけたり、這いつくばって命令に従っている姿を見ると昂ぶる。
土足を綺麗に掃除させるのも好き。

立ち位置が可視化されて、高低差がより開く。
お前のいるべき場所はそこ。
物理的な行為が、精神にも影響していく。
行為を繰り返すうちに、自我が消えて、ポジションが刷り込まれていく。

そして、ここの居場所がお前も好きだよね。