FC2ブログ
私の印をできるだけ長く身体へ残したいと思う時がある。それは支配欲の表れであって、支配欲とは私にとって好意の表れ。
つまり印を残したいと思うということは好意を感じてるということ。

本当は檻に閉じ込めて、いつでも私の所有物として存在させたいけれど、それがなかなかできないからの手段だろうか。いや、それができても更に支配を具現化させる為に私は痕を刻んでいきたいと思うだろう。

一番重要なことは心に痕を残すことだと思うけれど。一生の痕を、心に付けられたらいいのに。

今これは私のものだ、と感じられる時は甘美だ。
スポンサーサイト
[PR]

昨日髪を切って、ボブになりました。


基本はストレートのボブなのだけど、下画像のようにコテを使ってウェーブを入れたり
今日プレイ中に気付いたのですが、前髪のないセットもできました。前髪なくすと切る前のように大人っぽいイメージになります。

こんなに短くしたのは久しぶり!で、まだどんなセットができるか把握しきれていないのだけど
色々試すのが楽しみです。


休暇前くらいから、縄のレッスンをまた定期的に受けています。
週一くらいかな?
縄、には特段興味を強く持ってこなかったのだけどやり始めると楽しい。

元々は拘束よりも、ここから動くな!と命令してプレイする方が好きだったんだけど
拘束もどんどん好きになりました。
動こうしても動けない姿を見ると、敢えて自分を焦らして、どう料理してやろうかな~と眺めるのが良いです。

縄のレッスンでは色んな体型に慣れるために、今のところ毎回違うマゾに頼んでるんだけど
縛りが完成していくに連れて、マゾがマゾモードへ入っていくのがわかる…。
そして、私もちょっかい出してしまう…。

そんな夏を過ごしております。

もう暑くならないって本当?

14日の金曜日の朝に日本に帰ってきました!

今回休暇では、パリとイタリアへ行ってきました。
パリではのんびりと過ごしてイタリアでは北イタリアの海岸沿いのリゾートで過ごして、スカラ座へ行く為にミラノへ寄ってからパリに戻ったのだけど…

一番印象に残っているのは、世界遺産のチンクエテッレ。
チンクエテッレは5つの土地という意味で、リヴィエラ海岸沿いにある5つの村を指すそうなのですが、そのうちの2つの村を結ぶ海岸沿いの道が「愛の小道」と言って観光名所になっているそう。
名所ならそこへ~と思って着いたところ「愛の小道」は塞がれていた。。(2011年の洪水のせいだそうです。)

仕方なくリオマッジョーレという村を歩いていると、次に目指すべき村マナローラへの道しるべを見つけた。
でも、その道しるべの指す先の頂上は見えない。
取り敢えず様子を見ようと進み始めてすぐ、下山してきたアメリカ人らしき夫妻とすれ違った。
どれだけ時間がかかるのかを聞くと
「1時間くらいかな。とてもハードだけど、景色はすごくいいよ。」
と言われ登ることに決めました。

大変だった~!途中すれ違う人々にサンダルを笑われました。
でも景色は綺麗だった。

ホテルに帰ってから知ったのですが、チンクエテッレの山々は岩盤で、それを砕いた時に出た砂を土壌にしてワインの為の葡萄を栽培したそう。
だからあんなに急な道だったんだな。そして、見渡す限り葡萄。
そもそも、チンクエテッレには行くつもりはなかったし、山に登るつもりもなかったので、余計に感動したのかもしれません。

山に登る前。気楽に構えてる。

山からの景色。

先週の火曜日、ユリイカの営業前に縄の練習をしてたのですが、縄を握って身体にかけた時に
「あー!戻ってきたー!」
と強く思いました。
理屈じゃ説明できない体感的なものです。

水曜日からシオラも通常運転だったのですが、心が落ち着く感じというか、私の居場所は此処だなぁと感じていました。
マゾとの日々がやはりベースです。

たくさん虐めるよ!
小学校中学年頃を過ぎると、女子が男子を追い掛け回す光景がよく見られる。
私も例外なくそうしていたのだけど、幼少期から続けていた妄想ストーリーの代替として男の子を虐めるようになったのは小学5年生だったと思う。
お気に入りの男の子がいた。彼、Aはクラスの中でも中心的な人物であった。

放課後、休み時間にAをどんな風に虐めるのかを考えるのが就寝前の楽しみに取って代わった。

いろいろな遊びをした。
閉じ込める遊びはよくした。建物と建物の間の隙間に入れて、何故かそこにあった格子の扉を閉めて外側から鍵をかけた。
隙間から手を入れれれば中からも簡単に開錠できるけれど、私は隙間から棒でつついたりしてそれができないように妨害した。
休み時間中そうして遊んでいたと思う。

Aの持ち物を取り上げて、お願いの仕方を何度もやり直させた。言い方が違うでしょ、と繰り返した後に壊れない物の場合は遠くに投げた。
「取ってこい、ポチ」と言って。
私はこうした遊びをしながら「おしっこがしたくなる感覚」を味わうことを覚えたのだけど、土下座をさせた時にはその感覚が強すぎて立っていられないような衝動が湧いた。

今でも、あの頃のベストシーンが私の中にはいくつかある。
Aだって、本当に嫌ならば避けることはいくらでもできたはず。Aも望んでいなければ校庭の隅の建物の隙間になんて入れられない。

今Aはどうしているんだろう。


つづく

次はもう少し早めに書きたいと思います。
ブログを始めてすぐの頃にもSM遍歴について書いていましたが、改めて丁寧に書き直したいと思います。
今までブログを読んでいた方にとっては知っている内容になると思いますが、読んでみて下さい。





いくつの頃だっただろう。幼稚園の頃だったか、それとももう少し先の頃だったのか。
当時の私はSEXに関することは何も知らなかったし、どうやって子供が生まれるかも当然わかっていなかった。
だけど、あることを考えると、おしっこがしたい感覚に見舞われる。なんだかそれは不思議な、もっとそれが欲しくなるような感覚だった。
「あること」も「おしっこがしたくなる感覚」も名前は知らなかった。
いろんなストーリーを作って、毎晩それを思い返しては訂正して継ぎ足して「あること」の精度をあげていった。

女の人が街中の電話ボックスの中に閉じ込められて出られなくなってしまっている。周りから様子は全て見えているけど、誰も助けてくれない。
彼女はおしっこがしたくて、なんとか脱出しようとするも出られなくて、我慢ならずに漏らししまう。
コンクリートには彼女の脚の間から続く尿の跡がコンクリートにくっきり浮かび上がっている。

何も性に関する知識がない私がひねり出したストーリーの完成の形はこれだった。
登場人物には私はいなく、知人もいない。男女の拘りもなかった。
「あること」が「SM」という名前で括られていること、「おしっこがしたくなる感覚」が性的な興奮であると知るのはまだまだ先のことだった。

同じマンションの子供たちとするお気に入りの遊びがあった。
女の子たちだけでするごっこ遊びのストーリーを私はよく提案していて、この台詞を言って、とストーリーの中で指示も出していた。
そこでは当時流行っていた「家なき子」というドラマの中で使われていた台詞を頻繁に使っていた。
「私が空飛ぶ蝶々ならあなたは地を這いつくばる蛙よ。」
そんなセリフを言い合っていたが、私は言われる役をすることが多かった。

あの頃を振り返ると、私はSM的なシチュエーションを好む癖を最初から持っていて、自分はSでもMでもどちらでも良かったのだと思う。
シチュエーションが作れるならば私はどの立場でも良かったし、寧ろ私がいなくても良かった。
これは後付の推測になるだろうけど、私がSという立場に進んでいったのは後天的な環境や性格によるものだと思う。
でも、SMの癖は生まれていた時から決まっていたのだと思う。



つづきます。