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2020.02.09 届かない快感
目の前に欲しいものがある。手を伸ばせば届く距離にある。だけれども、その手は動かせない。
だから、身を委ねるしかない。与えられる誘惑や、十分ではなくて渇望してしまうような、苦痛にも似た幸せを受け入れるしかない。

そんな状況を、あなたの「欲しいもの」を思い浮かべて、想像してみて。それぞれによって欲しいものは違う。
あなたの崇拝する、その人の存在そのものでも良い。

誘惑して、焦らした時の、請うような瞳が好きだ。言葉で直接請う者もいるし、願うこともすべきではないと耐えながら見つめる者もいる。

でも、その時間は、とてつもなく甘いはず。焦がれる時間の切なさも好きなはず。欲して仕方がない時に与えられる、ちょっとの恵みに身体は震えるはずだよ。

全部与えられた時にどれ程満たされるだろうか。
でもそれを、今はあげないかもしれない。安心しない方が、もっとお前は焦がれられるから。

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2020.01.29 2月の予定
年が明けたと思ったら1月があっという間に過ぎましたね。皆さん感じていることと思います。
私も、今月は大阪のプレイ、東京に戻ってきて年始めのプレイ、音楽ライブと充実した一ヶ月を過ごせました。今年は暖冬ですし、寒い時期ももう短いのかな?
寒いのは辛いけど、SMのテンションはあがるよね。


さて、2月のスケジュールはこちら。
6(木)はお時間短くなって、14時から18時半。9(日)、13(木)はお休みです。
それ以外の日は水、木、日の15時からラストまでです。




マゾが私の前で動けないで喘いでいる姿が好き。どんな刺激を与えるか、私の選択で運命が決まるんだ、って感じている時。
そんな風になってしまうのをわかりながら、怯えつつも拘束を受け入れている姿も好き。
2020.01.17 中毒性
「芸人の中で誰が1番好き?」と聞かれることがたまにある。私はお笑いが好きだけど、劇場に熱心に通ったり、若手に詳しいわけでもないから、答えに困る。だけど、寝付きの悪い時に聞くラジオはもっぱら「オードリーのオールナイトニッポン」だからオードリーが好きなんだと思う。近年の漫才も好き。

SMブログでなんで唐突にそんな話をしているかというと、若林さんのエッセイ「社会人大学 人見知り学部 卒業見込み」を読んで、共感するところがあったから。(最新刊を読んで昔のエッセイも読みたくなった。)
私が人生で好きなことは、SMと音楽とお酒とお笑い。共通項がある。
若林さんのエッセイで、芸人が口を揃えて「大勢の人間の笑い声には中毒性がある。」というところでは、先日の音楽ライブのステージを思い出して、その中毒性を思い出していたのだけど続けてこんな文章があった。

"このあいだ、精神科医の人と話をしていてお笑い芸人を目指す人の特性について聞いた。即答で「人間不信でしょうね」と言われた。
笑うという反応は人間の中でも嘘のつきにくい反応なのだそうだ。"
"(前略)漫才をやっている時にお客さんの笑い声を聞いて圧倒的だなと驚いた。
それは、反応への実感性と信用度だ。"

同じようなことを考えて言葉にしている人がいるんだなと、高揚した。「反応への実感性と信用度」という言場には、言語化してくれた!と、感銘も受けた。
私は、SMの好きなところの、重要な一つとして「嘘のない反応」があると言ってきた。私は人間不信ではないけれど、学生の頃から誰とでも共通して話せる話題が好きではなくて、大きいグループでの付き合いは避けていた。協調性によって本心が聞けないだろうと、信用していなかった。

では、なんで嘘のない反応や、本心が欲しいのだろう、と考えると、そこには「知りたい」とか「繋がりたい」という気持ちが出てくる。SMの場合はそこに「支配したい」がでてくるのだけども、大きく括ると「支配したい」は「繋がりたい」に括られると思う。
ステージ上もSMプレイ中も、現世ではないような異世界にいるような感覚に陥る。私たちは普段、様々な人間関係の中で役割、立ち位置がある。どれの自分も嘘ではない。ただ、異世界と感じる場所にいる瞬間はそれが消えて、いまそこにいる人間しか存在しないような感覚になるんだ。そうして、そこにいる人と「繋がっている」と感じる。

そんな時間にはやっぱり中毒性がある。
SMプレイなんて、その上、性的快感もあるわけで、やめられるわけないよね。

最近、発見したお気に入りのシチュエーション。

何度もブログに書いているので、私が呼吸管理が好きなことは知っている人が多いかと思います。マミーに使っているストレッチフィルムを顔に巻いて目だけを出す。そして、唯一息ができる鼻からの空気の通り道を手で塞ぐ。
これなら、マスクと違って相手の目が見られるし、マゾも私のことが見られます。
ここまでは今までもやっていたこと。

こうして頭部を巻いた上で、全身をマミーで拘束した上に寝そべって、空気の抜け道を塞ぎながら、ラップに覆われた口元に耳をピッタリつけるのが最近のお気に入りです。
顔は見られないけれど、苦しくなった時に漏れ出る声と息遣いが私の耳にダイレクトに入ってくる。いつもなら小さくて聞き逃してしまう声も聞こえる。
私はマゾの呻き声や叫び声が大好きで、プレイ中に録音したそれを寝る前に聞くことがあります。それがたくさん聞こえる。自発的でない、我慢できなくなって出てしまう声。

それから、もっと苦しくなると私の下で逃げられない身体が蠢き出す。私はそれを全身で感じる。耳に直接入ってくる声と、身体で感じる蠢き。
これが大好き。
顔を上げて耳を外して、手を伸ばして、息をさせてあげながら、顔を眺める。目の表情を確認してからまた、空気を封じて観察する。そして、また耳をつける。身体で蠢きをまた感じる。

2020.01.02 謹賀新年
明けましておめでとうございます。
昨年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。

毎回お参りの際に願うことは同じです。「健康と平和」。ものすごくベタで綺麗事ですが、それが一番大事だからです。嘘っぽいかな?
皆さんと、皆さんが、健康で平和な世界で、楽しい一年が過ごせますように。

初詣は奈良の春日大社に参りました。東大寺で、引いたおみくじは大吉でした。ヒョウが虎に変わるように躍進するんですって。でも大吉は、今がピークという意味もあるので、下がらないように勉強していきたいと思っています。

年末は、城崎で蟹をいただいてからフィリピンに飛んで、今大阪にいます。毎日違うところに宿泊した日々だったのですが、思ったよりも疲れはありません。
移動の時間も長かったので、本もたくさん読めましたし、考える時間もたくさんありました。今年にやろうと考えていたことが、纏まってきました。

SMは私が物心ついた頃から毎日、思ってきたことです。プロのドミナになってから、そのことが褒められるようになって、驚いたものでした。自分の性癖ですから。オナニーをしていたら褒められた、ようなものです。
毎日考えているので、それはもう私のアイデンティティーのようなもので、これからもこの習慣は消えることはないのだと思います。
だけど、SMに対するモチベーションの方向性が少しずつ変わってきて、今自分は次のフェーズにいるんだろうなということを去年の後半からは強く感じていました。
どんな風なフェーズなのか、という部分はプレイをしてる中や、文章の中で感じる人がいれば感じてもらえたら良いと思いますし、表出してるものはあまり変わらないかもしれないので、特に変化を感じなくても良いと思っています。
根本的なものは変わらず、続いていきます。

去年のご挨拶でも書きましたが、私は私の大好きなSMという場で、大好きなM男、大好きな人たちと、深くかかわって、瞬間や時間を共有できることを幸せに思っています。
今年からもまた、そんな日々が送れるますように、また今年も進んで行きたいと思います。

今年もよろしくお願いします。

(フィリピンにて)

2020年はどんな楽しい時間が過ごせるかな?